上智大学法学部教授・大和田滝惠 温室効果ガス25%削減の公言

■「率」の競争は不公平

 鳩山首相は2020年までの温室効果ガス削減の中期目標について、ポスト京都議定書の枠組みへの主要排出国の公平な参加を前提に、1990年比25%の削減を国際社会に公言した。それに対し国民の間には、この数値が既成事実となって独り歩きし、結果的に日本だけが過大な削減義務を負わされるのではないかという懸念が広がっている。政府は前提条件を付ければ歯止めがかかり、国益に反する事態にはならないと考えているようである。識者の中にも前提条件を評価する者が少なくない。

 しかし、私はそんな前提条件は用をなさないと考えている。というのも、何が「公平」かが不明であり、主要各国がどの程度のコミットに同意したら25%削減の公言を履行するかを判断できないか、あるいは履行の政治決断ができるほど満足のいくコミットが得られずじまいになりかねないからだ。

 つまり、各国からはさまざまなレベルのコミットが可能であり、結局は新興国などの厳格ではない参加によって国際社会から日本が公言の履行順守を迫られ、不利な立場に追い込まれる破目になりかねないからである。

 日本経団連御手洗冨士夫会長は小沢鋭仁環境大臣に、次期枠組みでアメリカや中国など主要排出国の責任ある形での参加がない限り、日本も参加しないという決然とした態度で臨んでほしいと要請した。また、各国の参加が公平でなければ、25%の削減目標を引き下げるのかとも迫った。それに対し小沢大臣は、条件交渉で臨むとアメリカや中国の枠組み参加を逃しかねない難しさがあると理解を求めたとされており、主要国のほどほどの参加で日本は国際的公言を履行せざるを得なくなる気配を感じさせる。

 ◆日本と中国の決定的な違い

 具体的な事例でみてみよう。中国は11月26日、あくまで「国内目標」として、GDP(国内総生産)当たりの二酸化炭素(CO2)排出量を20年までに05年比で40〜45%削減する目標を発表した。このあと、EUや日本が表明している削減目標の義務化という考え方に沿う形で、中国が相当の譲歩をして日本と同じ90年比25%の削減目標を表明したとしよう。すると、日本は自らの国際的な公言を引っ込める理由はなくなる。それどころか、中国が最高のコミットを打ち出したとして世界中が大歓迎するし、日本も25%削減の公言の履行を迫られるまでもなく、喜んで履行に邁進(まいしん)するだろう。

 しかし、ここで考えてほしい。仮に中国が90年比25%削減の目標を表明したとしても、中国は生産単位当たりのエネルギー効率が日本の8〜11倍(統計によって異なる)も悪い。それだけ多くのCO2を排出しており、その25%を削減したところで、どれほどの意味があるのだろうか。日本のGDP単位のCO2排出量を100とした場合、25%削減すれば実際の排出量は75であるが、中国はエネルギー効率が日本に比べ最大11倍も悪いので、そこから25%削減しても実際の排出量は825となる。GDPがほぼ同等の日中両国の25%削減にはこんなに開きがある。

 ◆削減規模で世界トップに

 ここから分かることは、生産単位当たりのエネルギー効率の悪い国ほど、より多くの温室効果ガスの削減率を引き受けなければならないことだ。しかし、現在は削減率自体を比較して競い合い、それを国際的な義務化の対象とする考え方が主流である。すると、削減率はその国の温室効果ガスの総排出量に対するもので、削減総量はGDPに比例するため、GDPが大きくエネルギー効率のよい国ほど、削減率の目標が多少低くても温室効果ガスの削減規模で絶対的貢献度は高くなる。この絶対的貢献度という公平な指標によると、日本の25%の削減目標は世界最大の貢献を公言したことになる。

                   ◇

【プロフィル】大和田滝惠

 おおわだ・たきよし 上智大学国際関係論博士課程修了。外務省ASEAN委託研究員、通産省NEDOグリーンヘルメット調査報告委員会座長など歴任。現在、上智大学法学部教授・地球環境大学院教授、中国江蘇省経済社会発展研究会高級顧問。著書に『中国環境政策講義−現地の感覚で見た政策原理』など多数。58歳。東京都出身。